広島経済同友会の70周年記念式典がありました。
先日、広島経済同友会の70周年記念式典があり、歴代代表幹事を務めた先代が表彰を受けました。
私がこの会社に戻ってきたのは、先代の代表幹事就任がきっかけです。いずれ会社に帰るつもりではありましたが、前職の会社で自分自身が何か成果を残せたという自信をつけてから帰ろうと考えていたので、私にとって唐突な話でした。とはいえ、このような大役のオファーは先代の社会での活動が認められた証であり、私も応援したいと当時の上司に事情を話すと、大変名誉なことであるしぜひ手伝ってあげなさいと快く送り出してくれました。
経済同友会は、経団連や商工会議所と肩を並べる経済団体の一つですが、会社ではなく個人として会員を尊重し、その個人の結集体として地域に対して提言を行っていく団体です。先代が代表幹事に就任した当時、広島経済同友会は新サッカースタジアムを広島港近くのみなと公園に建設すべきという提言を出した直後でした。しかしその提言は観戦客の輸送力の問題と、広島港湾エリアの貨物輸送と交錯するという問題から各所で反対の声があがり、就任会見は大炎上でした。
しかしそれからしばらくの間、新サッカースタジアムの候補地はなかなか固まらず、経済団体同士も意見が一致せず、オピニオンリーダー不在の状況に情けなさを感じていました。青二才が何を偉そうにという話ですが、当時の私は30歳、その30歳上の父親世代ですらこうなのですから、自分がその年代になったときに皆で一丸となって地域のためになにかしようじゃないかという動きを果たして起こせるんだろうかと思っていました。
私が60代になった頃、広島は被爆100年を迎えます。その時に被爆都市ではなく平和都市として、平和を体現するまちをデザインできるかどうかは、私たちの世代の問題です。地域経済界の一員として発言力と行動力を持つためにも、まず会社をしっかりと舵取りしていかなければいけません。私にとってこれからの40代50代は、確かな長老になるための下積みの期間でもあると考えています。